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フジ・メディア・ホールディングスを巡る資本攻防(第2弾)―アクティビストの「出口」に潜むリスク
2025/12/29 17:30
*17:30JST フジ・メディア・ホールディングスを巡る資本攻防(第2弾)―アクティビストの「出口」に潜むリスク
フジ・メディア・ホールディングス<4676>を巡る資本攻防について、第1弾では旧村上系による持分拡大の可能性やTOBの行方、フジ・メディア・ホールディングス(以下、フジ・メディアHD)の対応、さらには資本市場法制上の「共同保有(いわゆるウルフパック)」の可能性について整理した。
本稿では、こうした議論をさらに一段進め、アクティビスト投資の「出口」に潜むリスク、すなわち、ファンドが最終的に株式を他国の意思を帯びる主体へ転売する可能性という観点から、今回の資本攻防を捉え直す。
■アクティビストは「恒久的な株主」ではない
まず確認しておくべき前提は、アクティビストは本質的に長期安定株主ではないという点である。アクティビストは企業価値向上を掲げるが、その最終目的は投資収益の最大化にある。経営改革の実行、株主還元の強化、事業再編や資産売却などが進み、市場がそれを評価して株価が上昇すれば、株式を売却して利益を確定させる行動は合理的であり、むしろ投資家として自然な選択である。
したがって、アクティビストを「長期的に企業と運命を共にする存在」と前提づけて議論すること自体が、現実とは必ずしも一致しない。問題は、その「出口」において、誰が最終的な買い手になるのかを、市場制度が十分に管理できていない点にある。ファンドが株式を売却する場合、原則として最も高い価格を提示する主体が買い手となる。その主体が、純粋な金融投資家にとどまるとは限らない。
■「誰が買うか」を選べない構造
ファンドが株式を市場で売却する際、原則として買い手は「最も高い価格を提示する主体」となる。ここで重要なのは、売り手であるファンドが、最終的な買い手の属性を厳密に選別できる立場にないという点である。出口局面では、国家戦略上、企業の技術・データ、あるいは情報発信力に関心を持つ主体が、第三国の投資ビークルや名義を通じて市場に参加する可能性を排除しきれない。重要なのは、これが「当初から悪意を持った投資」である必要はない点である。
仮に出発点が純粋な経済合理性に基づく投資であったとしても、株式の集積によって影響力が確立された後、その持分が他国の意思を帯びる主体へ移転すれば、企業支配の性質は大きく変わる。支配は取得時ではなく、成立後に問題化するという構造が、経済安全保障の観点から見落とされやすい。
■支配成立「後」に顕在化するリスク
経済安全保障の観点からより深刻なのは、企業支配が一定程度成立した「後」に顕在化するリスクである。株式の集積や議決権構造の変化によって、取締役会への影響力、重要情報へのアクセス、投資判断や事業再編に対する拒否権的な影響が生じた状態で、その持分が第三者へ移転した場合、問題は単なる株主構成の変化にとどまらない。
重要な技術やデータ、あるいは情報流通機能といった国家安全保障上の経済インフラが、事後的に他国の影響下に置かれるリスクが現実のものとなる。この点で、問題は「誰が最初に株を買ったか」ではなく、「最終的に誰が影響力を持つのか」にある。
■海外では「出口後」まで視野に入れた対応
海外では、この「出口後」のリスクまで含めて監視・是正を行う制度運用が見られる。象徴的な事例が、オーストラリアのレアアース企業ノーザン・ミネラルズを巡る案件である。同社では、中国関係者と報じられる主体がシンガポール等のビークルを通じて持株比率を引き上げ、経営への影響力を強めようとした。
豪州政府はこれを国家安全保障上の問題と位置づけ、取得済み株式の第三者への売却命令を含む是正措置を発出し、売却後も実質的な支配関係について継続的な監視を行った。この対応は、投資の入口段階だけでなく、「最終的な支配の帰結」を問題にしている点で、日本の制度運用とは大きく異なる。
■日本市場に残る「出口リスクの空白」
一方、日本では外為法による投資規制が存在するものの、上場株式の分散取得や名義の多層化、取得後のブロック売却といった局面に対する事後的な統制は限定的である。その結果、合法的なアクティビスト投資を起点として、株価上昇と影響力の確立を経た後、最終的な買い手が他国の意思を帯びる主体へと移行するシナリオを、制度的に完全に遮断することは難しい。
日本の資本市場は、これまで「入口」の透明性には一定の注意を払ってきたが、「出口」における支配の転換については十分に制度化されていないという構造的な課題を抱えていることを示している。
■フジ・メディアHDが持つ特殊性
ここでフジ・メディアHDの置かれている状況に視点を戻す。フジ・メディアHDは単なる事業会社ではなく、放送・新聞・ラジオといった複数のメディアを傘下に持つ「情報インフラ企業」で、情報流通や世論形成に影響を及ぼし得る存在ある点に、今回の資本攻防の特殊性がある。同社グループには、フジテレビジョンやニッポン放送に加え、産経新聞社も含まれており、放送と新聞という国内における主要メディアを横断的に保有する構造を持つ。
特に産経新聞は、一般に保守的・右派的な論調を持つ媒体として認識されることが多く、国内外から「影響力を持つ情報媒体」と見なされやすい。つまり、他国から見れば「影響力を持ちたい対象」となり得る。そのため、フジ・メディアHDの株主構成や支配構造の変化は、一般の事業会社以上に、情報空間の安全保障(影響工作・認知戦・プロパガンダ等)と接続して点検されるべき対象である。仮に、株主構成の変化を通じて、編集方針や経営判断に間接的な圧力が及ぶとの疑念が生じれば、それ自体がレピュテーションリスクや制度的リスクを招き得る。
放送法上、フジ・メディアHDは認定放送持株会社として外資比率(議決権ベース)20%という形式的な制約を受けているが、この規律はあくまで「名義上の外資」を前提としたものである。名義分散や投資ビークルを通じた持分形成、さらには株式の転売を通じた実質的な影響力の移転については、必ずしも十分に可視化できるとは限らない。だからこそ、フジ・メディアHDの事案では、一般の上場企業以上に、「誰が最終的に影響力を持つのか」「その影響力がどのように行使され得るのか」という点が、資本市場の問題を超えて問われている。
■第2弾の結論
このように、株主構成の変化や経営への影響力行使は、企業価値や収益性の問題にとどまらず、社会的・政治的な文脈と接続しやすい。情報流通や世論形成に影響し得る企業において、株主構成の変化を通じて経営判断や人事、情報の扱いに間接的な影響力が及ぶ場合、その問題は企業価値の議論を超え、社会的・経済安全保障的な論点へと接続する。
今回の資本攻防で問われているのは、アクティビストが正しいか否か、あるいは共同保有に該当するかどうかといった単純な二分法ではない。本質は、合法的な資本市場行動を起点として、企業支配が最終的に誰の手に渡るのかを、日本の制度が十分に把握・管理できているのかという構造的な問題にある。
フジ・メディアHDの事例は、アクティビズム、ウルフパック、世論、そして出口局面における転売リスクが交差することで、日本の資本市場が地経学時代に直面している課題を浮き彫りにしたケースと言えそうだ。
最後に、同様の論点はメディア企業に限られたものではない。すでにエフィッシモ(Effissimo Capital Management)が大株主として登場している川崎汽船<9107>についても、他社より一段高い警戒水準での継続的な監視が求められる局面にある。エフィッシモの存在は、現時点で直ちに違法性や不当性を示すものではないものの、国策色を帯びつつある海事産業再編や次世代船舶開発といった文脈に照らせば、資本構成の変化が将来の意思決定に与え得る影響は軽視できない。
とりわけ重要なのは、保有そのものではなく、その「出口」である。株式ブロック売却が行われた場合の想定買い手リスクや、議決権構造の変化が重要投資判断に及ぼす影響について、平時から織り込んだ危機管理計画を整備しておく必要がある。具体的には、政府・主要取引先との情報共有、安定株主の拡充、議決権構造や取締役会への影響の点検などを、個別対策ではなく体系的な枠組みとして準備することが求められよう。
フジ・メディアHDの事例が「情報インフラ」を巡る資本リスクを浮き彫りにしたとすれば、川崎汽船のケースは「国策・物流インフラ」における同種の論点を内包している。資本市場の自由と経済安全保障の境界が揺らぐ中で、こうした事例を個別事象として切り分けるのではなく、共通の構造問題として捉える視点が、今後一段と重要になっていきそうだ。
<FA>
フジ・メディア・ホールディングス<4676>を巡る資本攻防について、第1弾では旧村上系による持分拡大の可能性やTOBの行方、フジ・メディア・ホールディングス(以下、フジ・メディアHD)の対応、さらには資本市場法制上の「共同保有(いわゆるウルフパック)」の可能性について整理した。
本稿では、こうした議論をさらに一段進め、アクティビスト投資の「出口」に潜むリスク、すなわち、ファンドが最終的に株式を他国の意思を帯びる主体へ転売する可能性という観点から、今回の資本攻防を捉え直す。
■アクティビストは「恒久的な株主」ではない
まず確認しておくべき前提は、アクティビストは本質的に長期安定株主ではないという点である。アクティビストは企業価値向上を掲げるが、その最終目的は投資収益の最大化にある。経営改革の実行、株主還元の強化、事業再編や資産売却などが進み、市場がそれを評価して株価が上昇すれば、株式を売却して利益を確定させる行動は合理的であり、むしろ投資家として自然な選択である。
したがって、アクティビストを「長期的に企業と運命を共にする存在」と前提づけて議論すること自体が、現実とは必ずしも一致しない。問題は、その「出口」において、誰が最終的な買い手になるのかを、市場制度が十分に管理できていない点にある。ファンドが株式を売却する場合、原則として最も高い価格を提示する主体が買い手となる。その主体が、純粋な金融投資家にとどまるとは限らない。
■「誰が買うか」を選べない構造
ファンドが株式を市場で売却する際、原則として買い手は「最も高い価格を提示する主体」となる。ここで重要なのは、売り手であるファンドが、最終的な買い手の属性を厳密に選別できる立場にないという点である。出口局面では、国家戦略上、企業の技術・データ、あるいは情報発信力に関心を持つ主体が、第三国の投資ビークルや名義を通じて市場に参加する可能性を排除しきれない。重要なのは、これが「当初から悪意を持った投資」である必要はない点である。
仮に出発点が純粋な経済合理性に基づく投資であったとしても、株式の集積によって影響力が確立された後、その持分が他国の意思を帯びる主体へ移転すれば、企業支配の性質は大きく変わる。支配は取得時ではなく、成立後に問題化するという構造が、経済安全保障の観点から見落とされやすい。
■支配成立「後」に顕在化するリスク
経済安全保障の観点からより深刻なのは、企業支配が一定程度成立した「後」に顕在化するリスクである。株式の集積や議決権構造の変化によって、取締役会への影響力、重要情報へのアクセス、投資判断や事業再編に対する拒否権的な影響が生じた状態で、その持分が第三者へ移転した場合、問題は単なる株主構成の変化にとどまらない。
重要な技術やデータ、あるいは情報流通機能といった国家安全保障上の経済インフラが、事後的に他国の影響下に置かれるリスクが現実のものとなる。この点で、問題は「誰が最初に株を買ったか」ではなく、「最終的に誰が影響力を持つのか」にある。
■海外では「出口後」まで視野に入れた対応
海外では、この「出口後」のリスクまで含めて監視・是正を行う制度運用が見られる。象徴的な事例が、オーストラリアのレアアース企業ノーザン・ミネラルズを巡る案件である。同社では、中国関係者と報じられる主体がシンガポール等のビークルを通じて持株比率を引き上げ、経営への影響力を強めようとした。
豪州政府はこれを国家安全保障上の問題と位置づけ、取得済み株式の第三者への売却命令を含む是正措置を発出し、売却後も実質的な支配関係について継続的な監視を行った。この対応は、投資の入口段階だけでなく、「最終的な支配の帰結」を問題にしている点で、日本の制度運用とは大きく異なる。
■日本市場に残る「出口リスクの空白」
一方、日本では外為法による投資規制が存在するものの、上場株式の分散取得や名義の多層化、取得後のブロック売却といった局面に対する事後的な統制は限定的である。その結果、合法的なアクティビスト投資を起点として、株価上昇と影響力の確立を経た後、最終的な買い手が他国の意思を帯びる主体へと移行するシナリオを、制度的に完全に遮断することは難しい。
日本の資本市場は、これまで「入口」の透明性には一定の注意を払ってきたが、「出口」における支配の転換については十分に制度化されていないという構造的な課題を抱えていることを示している。
■フジ・メディアHDが持つ特殊性
ここでフジ・メディアHDの置かれている状況に視点を戻す。フジ・メディアHDは単なる事業会社ではなく、放送・新聞・ラジオといった複数のメディアを傘下に持つ「情報インフラ企業」で、情報流通や世論形成に影響を及ぼし得る存在ある点に、今回の資本攻防の特殊性がある。同社グループには、フジテレビジョンやニッポン放送に加え、産経新聞社も含まれており、放送と新聞という国内における主要メディアを横断的に保有する構造を持つ。
特に産経新聞は、一般に保守的・右派的な論調を持つ媒体として認識されることが多く、国内外から「影響力を持つ情報媒体」と見なされやすい。つまり、他国から見れば「影響力を持ちたい対象」となり得る。そのため、フジ・メディアHDの株主構成や支配構造の変化は、一般の事業会社以上に、情報空間の安全保障(影響工作・認知戦・プロパガンダ等)と接続して点検されるべき対象である。仮に、株主構成の変化を通じて、編集方針や経営判断に間接的な圧力が及ぶとの疑念が生じれば、それ自体がレピュテーションリスクや制度的リスクを招き得る。
放送法上、フジ・メディアHDは認定放送持株会社として外資比率(議決権ベース)20%という形式的な制約を受けているが、この規律はあくまで「名義上の外資」を前提としたものである。名義分散や投資ビークルを通じた持分形成、さらには株式の転売を通じた実質的な影響力の移転については、必ずしも十分に可視化できるとは限らない。だからこそ、フジ・メディアHDの事案では、一般の上場企業以上に、「誰が最終的に影響力を持つのか」「その影響力がどのように行使され得るのか」という点が、資本市場の問題を超えて問われている。
■第2弾の結論
このように、株主構成の変化や経営への影響力行使は、企業価値や収益性の問題にとどまらず、社会的・政治的な文脈と接続しやすい。情報流通や世論形成に影響し得る企業において、株主構成の変化を通じて経営判断や人事、情報の扱いに間接的な影響力が及ぶ場合、その問題は企業価値の議論を超え、社会的・経済安全保障的な論点へと接続する。
今回の資本攻防で問われているのは、アクティビストが正しいか否か、あるいは共同保有に該当するかどうかといった単純な二分法ではない。本質は、合法的な資本市場行動を起点として、企業支配が最終的に誰の手に渡るのかを、日本の制度が十分に把握・管理できているのかという構造的な問題にある。
フジ・メディアHDの事例は、アクティビズム、ウルフパック、世論、そして出口局面における転売リスクが交差することで、日本の資本市場が地経学時代に直面している課題を浮き彫りにしたケースと言えそうだ。
最後に、同様の論点はメディア企業に限られたものではない。すでにエフィッシモ(Effissimo Capital Management)が大株主として登場している川崎汽船<9107>についても、他社より一段高い警戒水準での継続的な監視が求められる局面にある。エフィッシモの存在は、現時点で直ちに違法性や不当性を示すものではないものの、国策色を帯びつつある海事産業再編や次世代船舶開発といった文脈に照らせば、資本構成の変化が将来の意思決定に与え得る影響は軽視できない。
とりわけ重要なのは、保有そのものではなく、その「出口」である。株式ブロック売却が行われた場合の想定買い手リスクや、議決権構造の変化が重要投資判断に及ぼす影響について、平時から織り込んだ危機管理計画を整備しておく必要がある。具体的には、政府・主要取引先との情報共有、安定株主の拡充、議決権構造や取締役会への影響の点検などを、個別対策ではなく体系的な枠組みとして準備することが求められよう。
フジ・メディアHDの事例が「情報インフラ」を巡る資本リスクを浮き彫りにしたとすれば、川崎汽船のケースは「国策・物流インフラ」における同種の論点を内包している。資本市場の自由と経済安全保障の境界が揺らぐ中で、こうした事例を個別事象として切り分けるのではなく、共通の構造問題として捉える視点が、今後一段と重要になっていきそうだ。
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